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アクリルアミドのばく露評価と発がんリスクの研究
アクリルアミド摂取量を調べて、がんと関わりがるの?
~アクリルアミドのばく露評価と発がんリスクの検証~
タイトルからするとアクリルアミドはがんと関係あるの?
そもそも、アクリルアミドって何なの~?
アクリルアミドは大量に食べたり、吸ったり、触れたりすることで、神経障害を引き起こすことが知られている化学物質だよ。
動物実験でも遺伝毒性、発がん性を有することが報告され、国際がん研究機関によって「ヒトに対しておそらく発がん性がある(Group 2A)」と判定されたんだ。
そして、2002年にはスウェーデン政府により「炭水化物を多く含む食品を高温(120℃以上)で調理すると、アクリルアミドが生成される」ことが発表され、欧米では食品からの摂取量(ばく露量)とがん罹患の関連を調査した疫学研究が行われているよ。
アクリルアミドが多く含まれる食品には、フライドポテトなどのじゃがいもの加工食品や、ビスケットなどの小麦粉の加工食品が知られているよ!
そうなの!? 揚げたポテト大好きなのに...
もう、食べちゃいけないの???
フライドポテト美味しいよね!「食べちゃいけない」ということではないよ。
子宮がんや卵巣がんのリスクを高めるという報告がある一方で、関連がないという報告も数多くみられ、結果に一致性がみられないのが現状だよ。これまで、食事由来アクリルアミドと発がんリスクとの関連を調べた日本の疫学研究はまだ報告されていないんだ。そして日本人の食事由来アクリルアミドのばく露量、つまり、みんなが食べた食事にどのくらいアクリルアミドが含有されているのかも明らかになっていないんだよ。
よかった~!
もう食べられないのかと思っちゃった。
まだ、明らかになっていないことが多いんだね。
そうだね。
そこで、日本人のアクリルアミドばく露量と発がんリスク評価を検討するため、アクリルアミド推定の評価方法やがんとの関連を研究しているよ。
研究プロジェクトの流れ
アクリルアミド研究の大きな流れはこんな感じだよ。
ひとつずつ紹介していくね!
大規模コホート研究データを活用
がんとの関連を検討するまでにたくさんのステップを踏むんだね!
本研究は食品安全委員会の委託研究として行われ、大阪大学・京都大学・国立がん研究センターの研究者との共同研究で実施されています。
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食事由来アクリルアミドばく露量推定方法の開発と妥当性の検討および大規模コホート研究に基づく発がんリスクとの関連に関する研究(課題番号:1503 2015~2017年度)
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アクリルアミドばく露による発がんリスク評価~大規模コホート研究保存検体を用いたコホート内症例対照研究による検討(課題番号:1904 2019~2021年度)
1.アクリルアミドを含む食品成分表を作ろう
~アクリルアミド成分表の開発~
食品由来のアクリルアミド摂取量を推定するためには、食品中にどのくらいアクリルアミドが含有されているかまとめたデータベースを構築する必要があるんだ。
<成分表(データベース)作成までの流れ>
アクリルアミド摂取量を推定できる成分表の完成
日本食品標準成分表2010にあてはめる
公開されている複数の
アクリルアミド含有量
データを統合
成分表が完成したら、実際の食事調査データで推定できるか検討する必要があるよ。
2.作成した成分表からアクリルアミドの摂取量を調べよう
~摂取量推定方法の検討~
日本人を対象とした食事調査データでアクリルアミドの摂取量と寄与食品を推定
陰膳法(DM)秤量食事記録法(DR)、食物摂取頻度調査票(FFQ) から推定したアクリルアミド摂取量(n=14)Yamamoto, J Nutr Sci Vitaminol 2018 改変
日本人を対象とした食事調査データでアクリルアミドの摂取量と寄与食品を推定
アクリルアミド摂取量の寄与食品と割合
秤量法食事記録(DR)を用いたアクリルアミド摂取量の寄与食品と割合
Yamamoto, J Nutr Sci Vitaminol 2018 改変
・参考文献はこちらに掲載されています。
作成したアクリルアミドの成分表を使って、DRとFFQの食事調査からアクリルアミド摂取量を算出することが可能だということが分かったよ。
ただ、摂取量ごとで単純に比較しただけなので、算出した摂取量が正確かどうかは別の方法で調査する必要があるよ。
3.質問票を使った摂取量の正確性を調べよう
~質問票を用いた推定方法の妥当性を検証~
お菓子やフライドポテトからの寄与が多いイメージだったけど、日本はお茶などの飲料が多かったんだね!
成分表からアクリルアミド摂取量を推定できることは分かったのに正確性を調べるってどういう事なの??
栄養疫学研究では、摂取量推定する方法の確からしさを実際に摂取した食品からの分析値や血液などの生体試料から得られた客観的データ(真の値に近しいデータ)と比較して検証することが必要なんだ。
これを妥当性研究と言うよ。
妥当性研究では検証したい調査方法を比較群、基準となる調査方法を基準群として比較するよ。ここでは、両者の摂取量ごとに順番に並べ、一方の順位が高ければもう一方の順位も高いと仮説し、どれだけ直線関係に近いかを表したよ。これを順位相関というよ。
順位相関と妥当性研究の流れ
なるほど!
じゃあ、次は妥当性を検証して、摂取量推定が実際の値と近しいかデータを用いて解明するんだね。
今回検討した妥当性研究内容の一覧はこちら!
秤量法食事記録(DR)や陰膳法(DM)は参加者の負担が大きいため、調査員の確保が必要・短期間での調査に適しているよ
大人数の食事調査や長期間の調査では、質問票を使った調査(食物摂取頻度調査票:FFQ)が適切だよ。
食事調査からの推定値 VS 陰膳法からの分析値
秤量法、食物摂取頻度調査法による推定値と陰膳法サンプル中アクリルアミド分析値との比較(日本人一般成人男女14名)
陰膳法(DM)秤量食事記録法(DR)、食物摂取頻度調査票(FFQ)から推定したアクリルアミド摂取量の関連(n=14)Yamamoto, J Nutr Sci Vitaminol 2018 改変
・参考文献はこちらに掲載されています。
妥当性を検討した研究 01.
結果からわかること
妥当性を検討した研究 01.
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食事記録法は中程度の相関(有意差なし)、FFQは相関関係なし
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集団の摂取量絶対値が分析値より過大評価されているため、寄与食品の割合が高かったし好飲料の影響を受けている可能性が考えられる*
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FFQは長期的な摂取量の評価に用いられる調査方法で短期的な料理サンプルの収集データでは関連が見られなかった可能性が想定される
*結果の詳細は2.作成した成分表からアクリルアミド摂取量を調べようの個所を参照
次は、習慣的(長期間)な摂取量を推定するFFQと12回の食事記録法で比較した妥当性研究を実施したよ
大規模な集団で得られた食事調査データを相関係数で比較した結果だよ。
先ほど紹介した研究との摂取量とも近しい値を示されているね。
妥当性を検討した研究 02.
結果からわかること
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摂取量は欧米より少なかった
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妥当性は男女共に中程度の相関係数、再現性は男女共に高い相関係数
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2調査間の順序における一致度を示すκ係数も0.8以上と高く、FFQはDRと同程度の精度だった(結果表示なし)
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コホート集団においてもアクリルアミド摂取に寄与した食品は、し好飲料類が最も高かった
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疫学調査での評価の際、摂取量の順位付けにおいてはある程度正確さがある
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同じ成分表を用いて摂取量を推定することから、誤差の方向性が一致して見かけ上高くなった可能性がある
番外編①
何日調査すれば習慣的なアクリルアミド摂取量を推定できる?
~個人内・個人間変動の検討~
妥当性を検討した研究 番外編①
日本人の大規模コホート集団を対象とした食物摂取頻度調査票(FFQ)によるアクリルアミド推定値と秤量法による推定値での個人間・個人内変動の検討
調査の対象者:日本人の中高年男女240名
上記の研究は、相関をみるのではなく、異なる集団や比較するデータを変え、多角的に検証したんだよ。
習慣的な摂取量を把握するための食事調査では検討する栄養素によって調査する日数が異なるよ。これは、個人内・個人間変動が影響するためなんだ。
個人内・個人間変動って具体的には何を指しているの?
個人内変動は同一個人内の日々の変動のことだよ。例えば、ごはんのように毎日のように食べる料理もあれば、すき焼きやケーキなど時々食べる料理もあるよね?
個人間変動は対象集団の個人差を指すよ。好き嫌いなどによって食べる料理や食品は人によって異なるよね?このように摂取量には個人内・個人間変動が存在しているよ。
確かに、ごはんは毎日食べるし、日本人は多くの人が食べていると思うけど、
ハンバーガーやパスタは毎日はたべないし、全く食べない人もいるもんね!
曝露評価に用いる食事調査方法の検討
~摂取量の変動要因~
習慣的なアクリルアミド摂取の
推定に必要な食事調査日数
↓
食事調査方法の検討
個人間変動に寄与する食品
↓
アンケートに含める食品項目の検討
集団内の個人の順位付けに
必要な食事調査日数
↓
摂取量と疾病の関連の検討に必要
疾病との関連を検討する疫学調査では習慣的な摂取量を把握するために必要な食事調査日数を明らかにすることが重要なんだよ。
調査日数によって調査の実現度や食事調査方法の選択が異なってくるんだね!
FFQと食事記録での推定値から個人内・個人間の変動を調べることで、摂取量の把握に必要な調査日数や個人によって摂取量のばらつきが大きい食品は何か把握することができるよ。今回はまた別の大規模コホート集団で検討した結果だよ。
結果からわかること
妥当性を検討した研究 番外編①
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習慣的な摂取量を把握するためには食事記録を64日間(約2カ月)実施する事が必要で、個人内変動が高い(個人の中で食べる食品・栄養素の量が毎日変化するということ)
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個人間変動に大きく寄与するのはコーヒー・ココアであり、上位7食品で90%以上を占めた
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アクリルアミド摂取量の推定には長期的な評価のできるFFQの使用や測定誤差の小さい生体指標での評価が必要となる
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FFQでの評価の際は個人間変動の大きい食品を含める必要がある
長期的なアクリルアミド摂取量を把握するのに食事記録だと2か月かかるのは驚きだよ!!
妥当性を検討することはもちろん、個人内や個人間の変動を検討する事もとっても大事なんだね!
いままでの研究の結果から、比較的多い対象者で長期的なアクリルアミドのばく露と妥当性を測定誤差の小さい評価方法で検討しないといけないってことか...
その通り!
長期的なばく露量の推定と妥当性を検証した研究を実施したよ。
先行の他研究では、アクリルアミド摂取量の長期的ばく露指標として、血液を用いているんだ。アクリルアミドはヘモグロビンにくっつくため、アクリルアミド付加体を測定するとどのくらいばく露しているか確認できるんだ。
今回は食事データと比較して生体指標の定量化も検討したんだよ。
そうなんだ!
血液でも摂取量を推定できるかもしれないんだ!!
それで、結果はどうだったの??
実は、研究成果を公開するために研究している最中なんだ。
皆さんにお知らせするまで楽しみにしててね!!
4.がんとの関連
やっとがんとの関連を検討するんだね!
ここまで長い道のりだったね。
まず、初めに妥当性が検証されたFFQを用いた大規模コホート集団男女各4~5万人でのがんの主要部位(乳、大腸、子宮体、卵巣)罹患との関連を検討したよ。
主要部位(乳、大腸、子宮体、卵巣)罹患との関連
・参考文献は、1.子宮体・卵巣がん、2.食道・胃・大腸がん、3.乳がん、4.膵がん、5.肺がん、6.血液がん、に掲載されています。
・研究成果の詳細については、1.子宮体・卵巣がん、2.食道・胃・大腸がん、3.乳がん、4.膵がん、5.肺がん、6.血液がん、に掲載されています。
日本人は発がんリスクの影響は少ない可能性があるね!
ただ、今回の全ての結果はFFQからの推定値で検討しているので、
体内で代謝したあとの影響を考慮できていないことや正確に摂取量を反映できていない可能性もあるので、血液からの生体指標によるばく露量も評価してさらなる検討が必要だよ。
今回はアクリルアミドと乳がんの関連について血液を用いた生体指標から検討したよ。
生体指標といっても具体的には何を調べたの?
血液中のアクリルアミド付加体(HbAA)とグリシドアミド付加体(HbGA)の濃度だよ。
アクリルアミドの体内でのメカニズム
アクリルアミド
代謝酵素
グリシドアミド
ヘモグロビン
アクリルアミド
ヘモグロビン付加体
(HbAA)
ヘモグロビン
グリシドアミド
ヘモグロビン付加体
(HbGA)
体内に摂取されたアクリルアミドは代謝酵素によって一部がグリシドアミドに代謝されるよ。
これらはそれぞれがヘモグロビンとくっついてHbAA、HbGAになるので、血液中のHbAA濃度、HbGA濃度を調べたよ!
体内での代謝も考慮する必要があるんだね!
血液中のHbAA及びHbGAの濃度により、低濃度、中間、高濃度の3つにグループ分けし、低濃度グループに対するそれ以外のグループの乳がんに罹患するリスク(相対危険度)を算出したよ。
結果からわかること
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血中HbAA濃度、血中HbGA濃度、及びそれらの濃度の和は、いずれも乳がん罹患リスクとは関連していなかった
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血中HbAA濃度に対する血中HbGA濃度の比 (HbGA/HbAA)が高くなるほど、乳がん罹患リスクが高くなっていた
血液中のHbAA及びHbGAの濃度と乳がんの間に直接的な関連性は見つからなかったよ。この結果は食品摂取頻度調査票(FFQ)を用いてアクリルアミドの摂取量と乳がんに罹患するリスクを研究した結果と一致していたんだ。
(先行研究の結果はこちら)
「血中HbAA濃度に対する血中HbGA濃度の比が高くなるほど乳がん罹患リスクが高くなっていた」って、つまりどういうことなの?
HbAAに対するHbGAの比が高いことはアクリルアミドをグリシドアミドに代謝する遺伝子の働きが強いこと、もしくはグリシドアミドの解毒酵素の働きが弱いことが考えられるよ。
発がん性化学物質は体内でより有毒な発がん性物質に代謝された後に非毒性物質に代謝されるんだ。この時これらの代謝遺伝子に変異があると発がん性物質に曝露された時に発がんのリスクが高くなることが示唆されているんだ。
発がん性物質
非毒性物質
より有毒な発がん性物質
体内で発がん性物質が代謝される様子
これらが起きていると発がんのリスクが高くなる可能性がある
より有毒な発がん性物質に変化しやすい
非毒性物質に変化しにくい
アクリルアミドでも同じことが起こっている可能性があるんだね。
今後の課題は?
血中HbAAや血中HbGAの絶対量だけでなく、それらの比や代謝遺伝子にも注目する必要があるかもしれないね。
そうだね。
今回の研究では血液サンプルの提供者が健康診断の際に任意で提供してくれた人たちのため、比較的健康意識が高い人が含まれている傾向が高い可能性や、1回のみの測定のため、季節変動や個人内変動・経時的な変化等が反映されていない可能性があるよ。
より精度の高い研究成果をあげるにはこれらのことも考慮できるといいんだね。
番外編②
なぜ順位相関で妥当性を確認するの?
妥当性研究は相関係数を用いるのが一般的だよ。
大規模な集団で得られた食事調査データを相関関係で比較した結果は、順位相関係数(スピアマンの相関係数)を用いているよ。
摂取量の絶対値で比較ではなく、摂取量の順位で比較したのには何か理由があるの?
この研究の大きな目的は、アクリルアミド摂取量(ばく露量)と発がんリスクに関連があるか検討することなので、がんとの関連を把握するために、順位相関係数を用いているんだ。
アクリルアミド摂取量と乳がん罹患の関連を調べた研究を例に考えてみよう。
この結果は対象者をアクリルアミド摂取量順に3グループ(3分位)に分けてその後の乳がんの罹患数を比較しているよ。
このように摂取量順でグループ化するためには、単純な摂取量の絶対値間の比較だけでなく、摂取量の順位付けが可能かどうかも検討することが必要なんだ。
この研究ではアクリルアミド摂取量の推定値を順位相関係数を用いて妥当性を確認しているよ。
そっか!
単純に摂取量の一致だけ確認しても、少ない順に並び替えが可能かは分からないもんね。
栄養疫学では、摂取量の絶対値間の摂取量の妥当性と順位づけの妥当性の検討があり、研究の目的に応じてどちらを選択すべきか検討が必要ということだね。
どちらも大事な検討だね!
どんな目的でどの解析手法を選択するかが大事だね